シャボン玉のお散歩

アート・読書案内・旅など日々の徒然を綴ります。

上野3連発④ 総括せよ!

・・・というわけで、いろいろ見ました。疲れました。

北斎ジャポニスムゴッホ・・・。

なんでかよくわからないけど、最近、北斎って人気ですね。

世界に影響を与えた100人に選ばれた唯一の日本人だからでしょうか?

北斎が偉大なのは、そんなことと関係なくわかりきったことです。肉筆画も流行ったりしてますが、そんなの30年くらい前から注目していた者にとっては、「みんないまごろ気付いてるの?」みたいな感じになってしまいます。

まあ、そんなことはいいんですけど。

最近、若冲国芳暁斎北斎・・・、と「日本人、エライ!!」,「日本人、すごい!!」というような感じで、日本のメディアは取り上げること多いですね。

これって、「美しい国、日本」っていうプロパガンダにアホ踊りさせられている流れなんでしょうか。

印象派以降の西洋絵画は、日本人がいたから生まれたんだ!

やっぱ日本人はすごいんだ!・・・みたいな。

なんだか、デキのわるい国粋主義に見えてきてしまいます。

ここには、西洋美術の方が日本美術よりも優れているという暗黙の前提があるから、こういう誇り方になるんですよね。

そんな観点に立脚しなくても、雪舟狩野派、いろんな浮世絵師たち・・・etc、それ自体で素晴らしいと評価できる視点が必要ではないのででしょうか。

本居宣長国学が、ひたすら日本vs支那の構図で、日本の優越性を誇ったのとなんら変わらないような思考が流行ってる感じです。 

最近、ことさら日本美術の素晴らしさを前面に押し出しくる風潮には、そんな時代の空気があったりするのか、なーんて思ったりしたりして。

日本人て、外国人から「日本はいい国」「日本人は礼儀正しくていい」とか、褒められると、喜んでますよね。浮世絵も外国で評価されたから日本人が見直したという歴史もあるし、草間彌生も外国で評価されたわけだし、ドクター中松フロッピーディスクだって外国で評価されて、そう、外国に褒められてはじめて、認める。

褒められて優越感に浸って喜んでいるだけで、その後の文化的・精神的発展というのが乏しく、「外国人が褒めてくれるけど、まだまだ未熟だ、よりよい社会にしていこう」という気概が足りないってことです。

ドイツだろうがアメリカだろうが、どこの国にも良いところも悪いところもある。もちろん日本にも。

日本が世界で一番すぐれた社会であろうはずもないが、他国から学ぶべき良い点は検討して消化して、よりよくしていくべきなんじゃないだろうか。

そんな当たり前のこと忘れて「なんとか・ファースト」とか言っている世の中は思考停止に陥っているように見えてしまいます。

「ニッポン、ヨイ クニ、ツヨイ クニ 。セカイ ニ ガガヤク エライ クニ」みたいな教科書が使われる国にならないこと祈ります。

 などと、ふらふら考えながら日も暮れた上野公園を歩いていると、トーハクの建物に運慶の仏像が映し出されたり、レーザーがビビーっと照射されたりしてました。(家帰ってニュース見たら、なんかイベントやってたようです。)

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